*2007*08*
28
Aug |
月に歩けば
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振り返ると、あ、あった!思わず、その人に話しかけてしまい、しばし歓談。地球の影が…とか丁寧に説明してくれたものの、頷きながらもちんぷんかんぷんであった・・・。部分月食というのか、もう月が満ちていく途中だったけれど、なんだかとてもミステリアスなムードに包まれていて、6年ぶりというし、ともかく見られて良かった。時事通信によると、月が欠けて見えるのは、太陽と地球、月が一直線に並ぶため。皆既月食の際も太陽光が地球の大気で屈折し、わずかに月に当たるため、薄暗く、赤っぽく見える、のだそう。次は3年後とその人におしえてもらったが、Sさんは今世紀は見れないといっていたし、もう日本からはこんなに美しく見えないのかもしれない、とふと思う。
神秘的な力のせいなのか、ちょっとだけ元気になった。できるとこまで、やろ。
写真は、以前撮った昼間の月。わたしが持ってる望遠ではこのくらい。
27
Aug |
旅する午後
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下見のタイミングが今日しかないと知り、午後から思い立ってとあるお店へ。主は留守だったものの、留守番役の画家の女性とお話させてもらい、すっかり長居。その上、摘み立てのブルーベリーを手みやげにいただき、途中まで車で送ってもらった。ほぼ同年のその人は、飾らず自然体で素敵な絵を描く人だった。また会いたい。
その後、どっぷり残した原稿を気にしつつも、久しぶりにabekiに立ち寄り、アイスコーヒーとプリンを注文した。abekiさんが6月に行ってきたというイタリア旅行の話をして、しばし憩う。帰り道、お腹が空いたので、そのままの足で家の近くにできた古本と果実酒の店へ、さらにはしご。カレーとビール。窓辺に置いてあったチェコとキプロスという島を舞台にした写真集を眺める。
午後の数時間ですっかり旅した気分になった。
人と会って、思いを通わせて、汗をタラタラせっせと動くここ数日。改めて、表現できる術があるということに感謝するとともに、短い一生、もっともっと生きているという実感を感じなくっちゃと痛感したりもする。
さて、根をつめて今夜は仕事・・・。
25
Aug |
花火が、見えた
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20時すぎ頃、花火の音が鳴り出した。大濠の花火は、残念ながら高層マンションにピッタリ阻まれるものの、舞鶴公園の花火は遠くの方にけっこうきれいに見えた。玄関先へ丸椅子を引っ張り出して、缶ビール片手にいっとき花火を望遠で撮影してみる。三脚がほしい・・・。来年は、日田の観光祭に帰りたいな。
18
Aug |
『夕凪の街 桜の国』
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終戦から62年が経った今年。盆休みの間は各局で原爆や戦争に関するいろんなニュースを目にした。16歳の頃に被爆し、背中に重度のやけどを負ったまま今なお原爆症に苦しむ長崎被爆者代表のおじいちゃん。式典の席で「白いごはんを食べて、こうして生きているのがなんともいえない」と、弟を亡くし、生き残った自分のことを責めるように涙ぐむおばあちゃん。慶良間諸島でアメリカ軍に追われ、集団自決した人々の中で、死のうとするも死ねずに生き残ったおじいちゃん。この人は長い間口をつぐんでいたこの辛い出来事を、番組のキャスターである孫娘に初めて語った。それは、憲法改悪、教科書問題で事実が歪められていく昨今を目の当たりにして、また同じような戦争が起こってはならないという強い気持ちから、心を奮い立たせて伝えてくれたものだった。
そして、在留元日本兵を追った番組。脱走兵は死刑、捕虜は自決しろの時代。結局日本へは帰らず(帰れず)、タイでの永住を決意している2人のおじいちゃんの姿があった。深く深く刻み込まれた皺。当時10代だった2人は、すでに80代。
一人はこう言った。「何の希望もなくただ生きてるだけの、つまらない人生ですよ。日本を恨むでもなく、こういう時代に生まれたから仕方がない…」。そして、もう一人は「ひとりぼっちですから」と、短くてとても重たい言葉を声にした。
どれをとっても、そこには戦争が人の一生を狂わせ、その人のたった一度しかない人生を奪い取った残酷な事実しかない。なんとも言いがたい感情が湧き上がってくるばかりで、言葉もでなかった。ただ頭にぐるぐると浮かんでくるのは、生き残った人がなぜ、負い目を感じて生きていかなければならないのか、という哀しいというよりむしろ腹立たしい思いだけだ。
*
そんな原爆、終戦記念日を迎える夏に公開したいという思いで制作された、『夕凪の街 桜の国』という映画が現在、公開されています。監督は「半落ち」の佐々部清。原作は、広島出身のこうの史代の同名漫画。原爆投下から13年後の広島を舞台にした「夕凪の街」と、現代を舞台にした「桜の国」の二部構成。原爆と被爆者のことを描いたこれまでの重い作品と違って、この映画では麻生久美子と田中麗奈が扮する2人の女性を通して、被爆者と2世、3世を繋ぐ家族の絆や恋愛が優しく描かれています。
「ワールド・ジョイント・クラブ」というフリーペーパーで、この作品について田中麗奈さんにインタビューする機会がありましたが、「原爆は広島、長崎の人だけの問題でなく、日本人である私たちの問題なんだと、この作品に携わることで痛感しました」と話してくれたのが印象的でした。物語は重苦しくなく、淡々とかろやかに進行し、観終わった後にはきっと前向きな気持ちで生きることの意味や事実を受け止められる、そんな素晴らしい作品に仕上がっています。ぜひ、劇場へ足を運んでみてください。
キャナル、ホークスタウンにて上映中。
http://www.yunagi-sakura.jp/
そして、在留元日本兵を追った番組。脱走兵は死刑、捕虜は自決しろの時代。結局日本へは帰らず(帰れず)、タイでの永住を決意している2人のおじいちゃんの姿があった。深く深く刻み込まれた皺。当時10代だった2人は、すでに80代。
一人はこう言った。「何の希望もなくただ生きてるだけの、つまらない人生ですよ。日本を恨むでもなく、こういう時代に生まれたから仕方がない…」。そして、もう一人は「ひとりぼっちですから」と、短くてとても重たい言葉を声にした。
どれをとっても、そこには戦争が人の一生を狂わせ、その人のたった一度しかない人生を奪い取った残酷な事実しかない。なんとも言いがたい感情が湧き上がってくるばかりで、言葉もでなかった。ただ頭にぐるぐると浮かんでくるのは、生き残った人がなぜ、負い目を感じて生きていかなければならないのか、という哀しいというよりむしろ腹立たしい思いだけだ。
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そんな原爆、終戦記念日を迎える夏に公開したいという思いで制作された、『夕凪の街 桜の国』という映画が現在、公開されています。監督は「半落ち」の佐々部清。原作は、広島出身のこうの史代の同名漫画。原爆投下から13年後の広島を舞台にした「夕凪の街」と、現代を舞台にした「桜の国」の二部構成。原爆と被爆者のことを描いたこれまでの重い作品と違って、この映画では麻生久美子と田中麗奈が扮する2人の女性を通して、被爆者と2世、3世を繋ぐ家族の絆や恋愛が優しく描かれています。
「ワールド・ジョイント・クラブ」というフリーペーパーで、この作品について田中麗奈さんにインタビューする機会がありましたが、「原爆は広島、長崎の人だけの問題でなく、日本人である私たちの問題なんだと、この作品に携わることで痛感しました」と話してくれたのが印象的でした。物語は重苦しくなく、淡々とかろやかに進行し、観終わった後にはきっと前向きな気持ちで生きることの意味や事実を受け止められる、そんな素晴らしい作品に仕上がっています。ぜひ、劇場へ足を運んでみてください。
キャナル、ホークスタウンにて上映中。
http://www.yunagi-sakura.jp/
08
Aug |
マロ一家
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わが家近辺で暮らしている野良の家族。お母さんは「マロ」もしくは「お銀ちゃん」(白ギツネみたいな美猫だから)。2匹いる子猫は、人懐っこい「ナッツ」と警戒心の強い「ハグ」(ナッツは懐っこいから「ナッツ」、ハグは目の縁取りがチグハグで「ハグ」)。
だから、ハグは奥っ側に隠れています。
02
Aug |
だんだんと恵比寿さま
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どうやら台風は不発のまま、静まりそうな気配。安堵の気持ちとともに、またしてもちょっと肩すかしをくらったなような気になる。そんな中、昨日がんばると記した原稿はけっきょく先延ばし。さっきまで2時間もうたた寝してしまい、ご丁寧に夢まで見てしまう始末。だめだめ…。
昨日は帰ってくると、ポストに配達不在票が入っていた。差出人はハハ。はは〜ん。この時期になると毎年届けてくれるもの。何だろうと想像するまでもなく、アレだとわかる。さっそく再配達してもらい、すぐさまグリーンコープの包み紙を破ると、ダンボール製のふたをそのままの勢いで開けた。途端、にっこりとわたしに向かって微笑みかけるのは、そう、鯛を抱えた恵比寿さま。さっそくお礼の電話を入れ、金やら黒やらを冷蔵庫へ。毎夏、肉親からお中元をもらうのは、わたしだけだろうか…。
ということで、
だんだんと恵比寿さまに似てきたソラ(寝てばっかり)と飼い主共々、
暑中お見舞い申し上げます。
01
Aug |
あっという間に
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スピーディに過ぎゆく夏。ここ数週間のこと。
高取商店街の夏祭りにて、移動動物園。ロバ、ひよこ、ミニブタ、子ヤギ、大インコ、アヒル、そして白蛇。その名もナガチャン牧場のスケールはどうやら年々小さくなっていくようで、商店街の端っこには初めて見た時の感動とはちがった類のシュールさが渦巻いていた。まぁ、南京玉簾も観られたし、来年も楽しみ。
郊外パンの下見にお供して、前原〜唐津〜大牟田約200kmのドライブ。大牟田の商店街にちんまりと佇むパン屋さんは雰囲気も品ぞろえもとてもいい感じだったけれど、一軒前に行ったところはあんなに山奥にあるのに期待はずれ。不気味な空気すら感じられた。その夜は弟分とゲウチャイ。トムヤムクンがものすごくおいしかった。
日曜の夜は回のご夫妻にお供させていただき、博多屋ビヤガーデン&大蛇山祭りへ。博多屋さんは今年60周年を迎える歴史のあるビヤガーデン。中庭に建てられた東屋や彫りの入ったテーブルの造りからも窺えるのだけど、家人はかなりの民藝収集家であるそうだ。まだ空が薄暗くなっていく手前の時間、ジリジリ蝉の声による大音響のなか、汗をじっとりかきながら冷えたビールをジョッキでぐび、ぐびり。嗚呼、幸福とはこのこと…。やっぱりクーラーの入った室内で飲むより数倍いいな。途中、BEMのWさんも登場。この日は祭りのせいか満席で、浴衣姿の子どもからご老人までキリンビールのポスターが出来そうなほど絵になる空間が出来上がっていた。
一息入れて、暗くなったところでいよいよ大蛇山へ。曳き山の出発地点、その班の長が清め酒を一升瓶であおり、残りを周りに噴き巻く姿を目にしただけですでにシビれてしまう。その後、山と山がすれ違う大迫力の花火ポイント、練り歩いた後に行われる目玉や髭を納める奉納シーンなど、地元ご出身Iさんのおかげで見るべき場面をまるまる堪能できた。大蛇山は山を担ぐ男性陣の後について法被姿の女性群とちびっこ達が練り歩く。無病息災を願い、赤ん坊を大蛇の口の中に入れる「かませ」という風習も残っている。単に勇壮な祭りというだけではない微笑ましい伝統も継承されていて、心が和んだ。かつて炭坑の町として栄えた大牟田。いまは時代の変化と共に翳りを帯びているものの、今年はさらに出店も増えて、祭り自体かなり盛り上がりを見せていた。とっても、いい夜。
今年度はフジロックを泣く泣く断念したとはいえ、こんな感じで7月はゆるやかに終わっていった。それと最近はDVDとビデオが観られるようになったので、「Always〜3丁目の夕日〜」「モーターサイクル・ダイアリー」「グッバイ・レーニン」「死ぬまでにしたい10のこと」を次々と観る。どれもすごく良かったけれど、とくに若き日のチェ・ゲバラの旅風景を綴った「モーターサイクル・ダイアリー」は素晴らしかった。今夜はこれから原稿をがんばって、明日は「ホテル・ルワンダ」を観たい。
あっという間に今日から8月。さて、ぼちぼちな感じで、がんばろう。