*2007*02*

27
Feb
内緒だニャア
Posted by Arei at 23:41:18 - No comments 0 TrackBacks























 またまた猫話。とある駐車場でみかけた光景。

ネコA「ニャニャ!やっぱここがいちばん!爪研ぎにゃタイヤが最高だニャ〜」

ネコB「ちゃんと見張ってるからニャ!次、交替ニャ〜」



26
Feb
まな板の、猫
Posted by Arei at 23:53:47 - No comments 0 TrackBacks
 先週末に確定申告があらかた終わったのだけれど、毎度1年分の領収書をかき集めるところから始めたため、丸二日朝の3時までかかった…。し、しんどい。ハハウエ、ありがとう。今年こそきっちり整頓します(…と毎年言っている)。そして、な、なんだかいつのまにか仕事が山盛りになってきた模様。。。今週はかなりの山。富士山級ぐらいやも。。。

ええぃどうとでもなれぇ!のまな板の鯉的心境じゃないけれど(ちと違うか)、ともかくやるしかない。ちなみに写真は、まな板の上で日向ぼっこする野良猫。とある税理士事務所の出入口付近になぜだか置かれてあって、しかもまな板の右上には、“肉魚”とマジックで書かれていたのでありました…ザ・シュール。



23
Feb
独学であるということ
Posted by Arei at 01:00:00 - 4 comments 0 TrackBacks



















 今夜はシティ情報ふくおかが主催する、カメラマン・川上信也さんのお話会に参加してきた。川上さんがカメラを始めたのは、26歳と少し遅め。久住の山小屋生活をしながら「自分には何があるのか」と迷っていた時に手にしたのがカメラだった。それから、山小屋の仕事とカメラの旅を交互に続けるうちに、少しずつカメラマンとして仕事ができるようになったという。

その時の山小屋生活について書いたエッセイと、季節と福岡をそれぞれにテーマに扱った風景写真集、計3冊の本を出版されているのだが、その風景写真を初めて目にした時、この人はきっと、いや絶対!?50、60代ぐらいのおじさんなのだろうと思った(実際はわたしより少し年上)。写真はそれほど、なんというか思慮深く正しくて、至極美しかったから。四季の移り変わりに、温度までも感じられる作品。こんなふうに撮れるようになるまで「ぜんぶ独学でやった」という言葉が、胸にコトンと落ちて、響いた。

というのは、わたしも独学で書くという職業についたからである。まぁ、出版社のアシスタント時代、フリーペーパーの編集業などに身を置きながらだったので、その影響や恩恵は受けているものの、誰かの下について文章を見てもらうといった修行時代はまったくもってなかった。ただ目の前の仕事をこれで大丈夫かと自問自答しながら、振り返ることもできずに乗り切ることで精一杯だったように思う。その中で、どこか中途半端という思いがいつも何かしらつきまとっていたのだった。

そして、それはほんの数年前まで、確かにコンプレックスという塊になって、わたしの中にどかっと居座り続けていた。口には出さねど、どこかで自信のない自分が自分の中だけでいつも見え隠れしていた。ふっきれるようになったのは最近になってのこと。ここに来てようやく、自分らしさを込めた原稿が素直に書けるようになってきたような気がしている。それは自分の紡ぐ言葉に納得できていることと、周りの人の声がちゃんと耳に届くようになったきたおかげだ。

独学でやってきてプレッシャーはなかった?というようなことを遠回しに聞くと、川上さんは「独学だからよかった、教室に通うと変な固定観念がついてしまうから」と真っ直ぐな眼差しをこちらへ向けた。瞬間、ふわっと胸のあたりが軽くなって何かが溶けた。

つまりは、わたしはわたし自身で殻をかぶっていたに過ぎない。今は、たまごからひよこになった気分で、こう思える。好きなことに懸命に取り組んで、正直にかたちにしていけば、それは本物なのだと。




20
Feb
極細の
Posted by Arei at 13:15:25 - No comments 0 TrackBacks
 昨日の晩の三日月は、ものすごく見事だった。うっとりとする極細の三日月。と、左上には北極星だか、大きく光り輝く星ひとつ。思わず玄関先に出て写真に収めてみたものの、わたしの腕ではとても肉眼に敵わず、であった…。

それにしても、今日は気持ちよく晴れた暖かな一日ですねー。明るいうちにインテリアの下見に廻りたいところだけれど、ひとまずインタビュー起こしを2本、夕方までに終わらせたい。それから、下見にいって、先日行きそびれた回さんへ7周年記念のお祝い持参、が目標。



16
Feb
フルコース
Posted by Arei at 01:08:00 - No comments 0 TrackBacks



















 今日は、いままでになく校了が早く済んだので、夕方、「美美」で濃味とマンデリンの豆を買い、「Tohki」へ自転車を走らせた。「麺鉢展」のお知らせをもらった時に、ちょうど家で使っていたラーメン鉢に小皿がすっぽりとはまり込んでしまい、せっけん水や熱湯で浸せど、うんとも寸とも言わず仕舞いだったのだ。

一軒家のお宅を利用した空間には、オーナーのNさんが惚れ込んだ作家さん数名が手がけた作品が居心地良く並んでいた。手前の棚からゆっくりと眺めていくも、それぞれに風合いのあるものだらけで、かなりの時間お話しつつおじゃましてしまった。最終的に選んだのは、グレー×白のざらっとした手触りのする麺鉢(小林文美子さん作)、高台の周りにブルーの釉薬を差した白陶の盛り皿(安藤雅信さん作)、柿色のような土をベースにグレーの釉薬をかけたそばちょこ(石原稔久さん作)の3点。かわいくてほのぼのする作品にも惹かれたけれど、結局シンプルな感の器たちになった。それは歳を重ねても飽きのこないもの、という寂しい言葉で片付けてしまうより、歳をとっていくその時々で違う感じ方、見方で付き合っていけるものなのかも、と思う。

帰り道のコースは、いわずもがな「回」である。フルコース。



15
Feb
心惹かれるもの
Posted by Arei at 22:58:45 - No comments 0 TrackBacks
 今週頭はなぜか一日に大物な仕事が2つ入ったりしてやたらハードな精神状態だったが、大波からはやっとのこと抜け出した。このところ、興味のあるジャンルの仕事話が新しく舞い込んだりと、フリーになって6年目、やってきた仕事と人との繋がりを有り難く感じている。

なかでも、以前から好んで通っていたお店の取材をつい最近叶えることができたのは、とても嬉しいことだった。凛として媚びることのない整然たる美しさ、といおうか、置かれてあるモノや空間作りのみならず、オーナーさんの人となりや姿勢に心惹かれるものをずっと感じていた場所だったから。取材は滞ることなく終わり、感謝のメールを送ったら、以心伝心ではないけれど、とても嬉しい返信を頂戴した。願わくば、もっと原稿量があればいいんだけどな。2/25発売の『シティ情報ふくおかCLASS』3月号で掲載されます。よろしければ、ぜひ。

今日は校正戻しもあらかた済ませたところで、(諸々あるのだけれど)のんびり好きなことをしようっと…。晩ごはんは、余り野菜と鶏のもも肉を土鍋で煮込んだトマトベースのスープ。野菜の種類を数えたら8種類あった。くたびれたキャベツや白菜も投げ込んだのだが、最近は(たぶん)これですこぶる健康体。だけども、どうか早く暖かくなりますように。木枠に薄ガラスの入った窓という木造の我が家。寒すぎて、どうにもこうにも仕事机に長時間座っている気がおきないのでありました…。



04
Feb
お月さん、ぷかり
Posted by Arei at 00:02:00 - No comments 0 TrackBacks



















 一昨日はとある対談の仕切り役という仕事を務めた。日頃からインタビューの仕事は楽しみながらやらせてもらっているため、いつも通りに構えていたものの、いざやってみると各々が会話している合間に新たな話題をふるというのは、通常の対相手のインタビューとはかなり勝手がちがった。スムーズとはお世辞にもいえなかっただろうけれど、なんとか事は運び終了。いやはや、そうなっちゃいけないのだが、勉強になった。

気が楽になったところで、夜は弟分を誘ってフレンチのMurakamiとBar ENOへ。ちょっと贅沢を気取った後、そのまま前から気になっていたロックバーCarmineを初体験。レディオヘッドや細野さん、懐かしのジ・オトゥールの曲がかかったりと、かなりいい雰囲気の店。ご近所でいて薬草酒も常備されているようだし、これからお世話になります。

そして昨日の晩は、レポートのためコンサートへ。少し前に離婚して話題になった彼女のステージは、なんというか「あっぱれ」だった。おおよそはこれまでのヒット曲や新曲で盛り上げに盛り上げる、というものだったのだが、中盤に差しかかったところで今の心情をそのままに歌い上げるようなバラードを、ピアノで弾き語る場面があった。別れを切り出され、切なくもそれを受け止めることしかできなかった女心を歌ったもの。本当に泣いているのではとドキッとさせられるシーンもあって、会場は静まりかえり、そこには確かに、今を乗り越えようと突き進む彼女の生身の姿があったように思う。包み隠さず、それを自らの作品という形に置きかえてファンへと伝えきる勇気。会場にいた誰もが今までよりももっと、ずっと、彼女を身近な存在に感じたにちがいない。

帰り道、自転車をこぎながら、ふと考えた。恋愛でもそれ以外のことでも、苦しい時に自分はどうやってそれを乗り越えていったのか。振り返ると、まだまだ独りよがりで相手や周りの気持ちをもっと大事にすべきだったと思うことのほうがものすごく多い。同時に、いつだったか誰かのエッセイか美輪さんだかで見聞きしたようなことを思い出した。「自分が考える自分なんてものはなくて、人との関わり合いの中で存在する自分が本来の自分である」。少々年齢を重ねた今、その言葉の深いところにある意味合いというか考え方がようやく解るようになってきた気もする。

そんなことを思いながら見上げた寒空には、お月さんがぷかりと浮かんでいた。満月を少し過ぎた、まぁるい月だった。