*2006*04*
25
Apr |
いい夜、ふたつ
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そして、金曜の夜は細野晴臣&東京シャイネス@西南ランキンチャペル。パイプオルガンと十字架が見守るステージ、サポートバンドには、高田漣、鈴木惣一朗、高野寛などの若手ミュージシャンの面々も。さて、サニーデイサービスの流れからはっぴいえんどは愛聴しているものの、正直YMOはほとんど聴いていなかったわたしだけれど、序盤のほう、『LOTUS LOVE』という曲にすっかり魅了されてしまった。そのほか、おおはた雄一さんがカヴァーしている『ハリケーン・ドロシー』や、ご存知『夏なんです』、『風をあつめて』、『終わりの季節』etc…知らない名曲たちもシャイネス風にアコースティックにアレンジされていて、スローかつトロピカル&ブギーな感じ。まったく、緑茶を飲み飲み、細野さんの歌声はなんていい声なんだろうか。そしてまた、リハ的なノリのセッションでいて素晴らしい演奏の間に挿まれる、シニカルでチャーミングなMCの数々!苦笑いもあいまって、退屈なんてどこ吹く風、終わって会場の外に出た人達の顔はみんな穏やかないい顔をしていて、この日この空間にいられたことを感謝した。それにしても、ステージの足元にさりげなく置かれた赤い薔薇が、あんなにも上品に似合う人はそんなにはいない(のでは?)。
写真は、実家の庭に咲いた花水木。
16
Apr |
こんな日も
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昭和の初め頃だろう、いびつさが美しい透明のガラスコップや貫入がいい具合に入った陶器、フランス製のネズミ取りに携帯用コーヒーミル。。。ほしいものが、いっぱい(笑)。今日は、そのなかでも何が入っていたかは不明だけれど「保護器」というマークのついた大きめの缶を入手した。というのも、前々から乱雑に散らかる机の上をきれいにしたかったのだ。これにここ最近の資料やら何やらをエイヤと入れてみると…思った通りスッキリ広々。そうして終わりのタイミングで片付けていけば、物がたまっていくなんてこともない…はず。
本当だったら、帰りの坂道の途中、溝につもっていた色とりどりの落ち葉だったり、気に入りの布や洋服を詰め込んでみたりすると絵になりそうなのだけれど…などと思いつつ。是、現実。
夜からの、塚本功さんのライヴにはいけなかった。だけど、余裕をもって過ごすこんな日も、わるくない。

『東京タワー』を書き上げるのにかかった歳月は、4年だという。小説というよりドキュメンタリー、特別だし当然と思う。次の小説は書きたいことが見つかるまでは…とのことだったけれど、次のステップこそ、この人がどんなものについて書くのか興味深い。
15
Apr |
ウグイス鳴いて
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忙しさに追われつつも、これまでに受けた仕事はどれも充実したものばかり。いつも緊張しながら提出するとある原稿も、つつがなくパス。仕事を通して出会う人々の温かさにも感謝することが多かった。その中には不思議でいて今では必然だと思えるような、素晴らしい出逢いも。つまりは、自然界のあらゆるものに人は支えられている、ということだ。
“憶えている 忘れない わたしもあなたも幻だから 音楽が幻のように この世は幻だから だから 憶えている 忘れない”
『エリ・エリ・レマ・サバクタニ(ヘブライ語で「神よ、何ゆえに 我を見捨てたもうや」)/青山真治監督作』
昨晩観た映画で、印象的だった台詞。
写真は、大村剛さんの作品、ウグイス色。
06
Apr |
飲んだくれ、たい。
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と愚痴った後、よく覗くブログを読んでいたらこうあった。「簡単なことなのに複雑になりがち。本当は身体の問題なのに、心の問題に置き換えられがちすぎ。要はエネルギーの方向性と使い方」。
たしかにその通りだと思って救われた。明日の夜はひとまず、身体を休ませてあげようっと。